プロフィール
妻とのふたり暮らし。栃木県在住。会社員。
2016年4月、アメリカ在住時に直腸がんが発覚。同年5月、6月、8月に手術を行い、3度目の手術時に人工肛門を造設する。さらにステージ2aに進行していたことがわかり、2016年10月〜2017年1月に薬物療法、2017年2月〜3月に化学放射線療法(放射線治療と薬物療法を併用する治療)を行う。そのあと経過観察となり、2019年に日本に帰国。現在(2026年)は経過観察を終了している。
アメリカ在住時に直腸がんが見つかり、3度の手術と人工肛門の造設、薬物療法、放射線治療を経験したH. K.さん。手術後の薬物療法と放射線治療の体験や、アメリカでの治療で感じたことについて、日本で経過観察期間を終えた今、語ってもらいました。
※アメリカと日本では医療制度や治療ガイドラインが異なるため、日本での治療には該当しない箇所もあります。
抗がん剤治療中のショック症状
―― 薬物療法と放射線治療について詳しく教えてください。
2016年8月、3回目の手術のあと、(手術をしてくれた)ドクターにケモセラピー(薬物療法)の先生とレディオロジー(放射線)の専門医を紹介され、まずは両方の医師に会いに行くように言われました。ケモセラピーの先生が中心になって治療プランを組んでくれるということでした。
9月に入ってからふたりの先生にあいさつをして説明を受けて、10月から2種類の薬を点滴で入れる治療(薬物療法)が始まりました。点滴のためのポートを胸のあたりに埋め込み、病院で2種類の抗がん剤を5時間ほどかけて投与しました。そのあと後家に帰って、ナースが家に来て抗がん剤をセットして48時間かけて入れました。これを2週間に1回ずつ、3カ月間続けました。
しかし2カ月目に、抗がん剤のひとつがすごく強かったようで、ショック症状が出てしまいました。血圧の低下やチアノーゼ(血中酸素不足により皮膚や粘膜が青紫色になる症状)、激しい吐き気などが起こり、初めて「死ぬかもしれない」と思いましたね。この抗がん剤は中止し、もう一方だけで治療を続けて、2017年1月に終わりました。
そのあと2週間ほどの休みを経て、次はケモレディオロジー(化学放射線療法)に進みました。放射線をあてながら毎朝2錠ずつ抗がん剤の飲み薬を飲む治療で、抗がん剤と放射線をミックスして行うと効果が高まるということでした。1カ月ほど行い、2017年3月に治療が終わりました。
副作用で味覚が変化
―― これらの治療で、ほかに大変だったことはありますか?
放射線治療では、毎回同じところに同じようにあてていくので、皮膚がただれてしまって大変でしたね。股の間が痛くなってしまって、デリケートゾーンが真っ赤に腫れ上がりました。座るのも痛くて困難な状態になりました。
また、ケモ(薬物療法)はやっぱり副作用がつらかったです。何を食べても砂の塊を食べているようにしか感じなくなったり、すべてが甘く感じたりするような副作用が出てしまいました。苦く感じる人もいるし、いろんなパターンがあるよと聞いていたのですが、私の場合は甘く感じたんですよ。たとえば、ポン酢をかけた料理も甘くて食べられないんです。でも不思議なことに、本来甘いはずのケーキを食べたら甘さを感じないんですよ。
そのほかにも、吐き気や脱毛といった副作用もありましたし、食べられない、常温の飲み物しか飲めないという副作用もありました。のどに何かがあるわけではなくてただそう感じるだけなのですが、冷たいものを飲むとのどが焼けるような感覚になるんです。ニューヨークの冬はすごく寒くて冷たい空気が入っただけで大変なので、マフラーを巻いて口を覆っていないといけなくて。とにかくつらかったですね。
アメリカの医療体制で、仕事との両立ができた
―― さまざまな副作用、大変でしたね。
でも放射線をあてる時間は短いですし、あてているときの苦痛はありませんでした。仕事の前に放射線をあてに行けたんです。朝7時半〜8時に病院に行ってパーッと放射線をあてられて、8時半〜9時の始業に間に合うのですごく便利でした。
アメリカではドクターの待ち時間は多少あるものの、CTなどを撮るのはそんなに待たなくて、アポイントメントの時間に行ったらすぐ着替えてパーッとやって終わります。日本のように混んでいないんです。(保険料が)高いからできるのでしょうけれども、毎日の放射線治療も通勤しながらできて、痛みはあるものの、仕事の妨げにならないんですよね。
48時間の薬物療法のときも、土日を使ってできました。金曜日に仕事の午後休をとって病院に行き、ラグジュアリーなホテルみたいな場所で抗がん剤を投与してもらいます。そして、自宅に帰ったらナースが来て全部セットしてくれて、48時間経ったらまたナースが自宅に来て治療が終わります。月曜日から普通に会社に復帰できるので、仕事と両立しやすかったです。
経過観察中に日本に帰国。現在は経過観察を“卒業”
―― 経過観察中のことについて教えてください。
2017年3月からは経過観察で、半年に1回ずつCT検査と血液検査をすることになりました。
何回目かの定期検査の前に、手術の後遺症で尿の出が悪くなってCTを撮ったことがあったのですが、そこで肺がんが見つかりました。確定診断前でしたがロボット手術で切除し、その後、ステージ1だったことがわかり、経過観察となりました。
その後、(大腸がんと肺がんの)経過観察中の2019年、事情があって日本に帰ることになり、近くの大学病院にお世話になっていました。
アメリカのドクター(主治医)には日本に帰ることを話して、日本に帰ってからやるべきことを詳しく聞きました。カルテや治療記録もすべてもらいました。アメリカでは全部開示してもらえるため膨大な量なのですが、すべて印刷し、CT画像も準備してもらいました。
日本に帰ったときは紹介状を持っていなかったのですが、幸いなことにコロナ前だったので無理矢理に大学病院に行きました。「アメリカで、大腸がんで、肺がんで…」と看護師さんに話したら、とりあえず先生に聞いてみましょうとなり、持ってきたデータを全部渡して、面倒を見てもらえることになりました。
―― 現在の状況について教えてください。
そのお世話になっていた大学病院で、消化器外科の先生からも呼吸器外科の先生からも「5年以上を経過し、治療は完全に終わって経過観察も必要ない。もう病院に来なくても大丈夫という意味で卒業ですね」とおっしゃっていただき、経過観察は終了しました。
アメリカと日本の病院の違い――アメリカのほうが自由度が高い
―― 改めて振り返ってみて、アメリカで治療することに不安はありませんでしたか?
アメリカで暮らして14、15年ほど経ってからがんにかかりました。アメリカでの生活が長かったので、アメリカの医療について大体わかっていました。また、がんにかかるまでは本当に健康で、(日本でも)入院したことも手術をしたこともなかったので、日本の医療について全然わからなかったんです。ですので、アメリカで治療をすることにあまり違和感はなかったですね。
アメリカの病院はプライバシーが守られていて、基本的にはふたり部屋で、保険が良ければひとり部屋にも入れます。ドクターがやりたいことを保険会社に話して、保険会社がアプルーブ(承認)すればできるんです。保険会社にもドクターがたくさんいて、(病院の)ドクターがしたいことを保険会社に「いいか」と聞くと、保険会社のドクターが判断するんです。保険会社のドクターが「いいよ」と言えば、保険会社が全部払うことになります。
また、入院中は自由に過ごせました。好きなだけコーヒーもジュースも飲めるし、スナックも甘いものも出てくる(笑)。病院食でもハンバーガーが食べたいといえば食べることができて、自分で選べるのも面白いです。そう考えると日本と比べてアメリカのほうが病院ぽくないし、いろいろな自由がきくというのはありますね。
またアメリカは手術のあとに割と早く退院できます。手術後1週間はおとなしくするように言われますが、自分ができると思ったら会社などに行くことができます。日本だったらおそらく入院期間が長く、ケモ(薬物療法)をするときも入院が必要になったり、半日から1日かけて通院したりすることになると思います。
このようなアメリカと日本の違いは、医療システム・保険システムの違いによるものだと思いますが、日常生活との兼ね合いを考えると、アメリカで治療してよかったなと思いますね。
▼ がんの発覚〜手術を受けたときの話はこちらから
【アメリカ在住時に直腸がんが発覚。3度の手術を経験 〜終わりが見えない戦いのなかで〜】


