• トップ
  • 読みもの一覧
  • アメリカ在住時に直腸がんが発覚。3度の手術を経験 〜終わりが見えない戦いのなかで〜
体験談
大腸がん

アメリカ在住時に直腸がんが発覚。3度の手術を経験 〜終わりが見えない戦いのなかで〜

#医師との会話#手術#ストーマ
公開日2026.08.31
お名前
H. K.さん
性別
男性
罹患時の年齢
40代
がん種
大腸がん
プロフィール

妻とのふたり暮らし。栃木県在住。会社員。
2016年4月、アメリカ在住時に直腸がんが発覚。同年5月、6月、8月に手術を行い、3度目の手術時に人工肛門を造設する。さらにステージ2aに進行していたことがわかり、2016年10月〜2017年1月に薬物療法、2017年2月〜3月に化学放射線療法(放射線治療と薬物療法を併用する治療)を行う。そのあと経過観察となり、2019年に日本に帰国。現在(2026年)は経過観察を終了している。


アメリカ在住時に直腸がんが見つかり、3度の手術と人工肛門の造設、薬物療法、放射線治療を経験したH. K.さん。がんが発覚したときの状況と、手術を受けたときのことについて詳しく話してもらいました。

※アメリカと日本では医療制度や治療ガイドラインが異なるため、日本での治療には該当しない箇所もあります。


出血が止まらず医者へ――がん発覚のきっかけ

―― がんが見つかったときのことを教えてください。

以前から痔を患っていて、痛みや出血は痔によるものだと思っていました。坐薬を使えば治ることを何十年も繰り返していたのですが、2015年ごろから痛みがひどくなって、坐薬を使っても出血が止まらなくなったんです。2016年の1、2月ごろには座っていられないような状態になり、さすがにちょっとおかしいと思い、医者に行ったのが始まりです。

当時私はアメリカのニューヨークに住んでいて、日本人の医師をホームドクター(かかりつけ医)にしていました。その先生に相談したら、ふたりのコロレクタルサージェン(大腸肛門専門の外科医)を紹介され、診てもらうことになりました。

アメリカでは保険の種類によってホームドクターがいて、ホームドクターのリファラル(紹介状)がないとスペシャリスト(専門医)にかかれません。私はかなり良い保険に入っていたので、すぐにスペシャリストに診てもらうこともできたのですが、近隣に住んでいる先生が日本人だったのでホームドクターにしていました。何かあるとチェックアップ(症状を診てもらうこと)をお願いしていたんです。

―― どのような検査を受けたのでしょうか。

スペシャリスト(専門医)のところで問診のあとに直腸指診をしたら「You have something growing」と、何かお尻の中にあって大きくなっているというようなことを言われました。「soft and movable(柔らかくて動く)だから、たぶんたいしたことはないだろうが、詳しく検査したほうがいい」ということでした。

精密検査は、まずMRIをして、そのあとコロノスコピー(大腸内視鏡検査)をしました。

MRIでは何も見つかりませんでしたが、もう一度簡単に肛門鏡と指診をしたところ、やっぱり「触ると何かある」と。「MRIといっても結局70%ぐらいしかディテクト(検出)できないし、コロノスコピーで実際に中を見ればわかるからそれで見よう」となりました。

そして大きな病院でコロノスコピーをしたら、間違いなく大きなものがあると言われました。生検*1の結果が出ると聞いていた日には電話はかかってこず、次の日の朝にドクターから直接電話があり「Unfortunately, it was cancer(残念ながら、がんでした)」と言われ、直腸がんだとわかったんです。2016年4月のことでした。

*1 異常が見つかった場所(病変)から組織や細胞の一部を取り出すために行う検査のことを「生検(せいけん)」といいます。ここでは、取り出した組織や細胞を調べること(病理検査といいます)までを「生検」と表現しています。

―― そのあと、治療方針はどのように決まりましたか?

CT検査と可能だったらPET検査を行おうとなったのですが、PET検査は保険会社から拒まれてしまいできませんでした*2。

CT検査を経て、おそらくステージ1くらいだから、がんを切除すれば大丈夫だろうという話でした。がんは肛門から7㎝くらいのところにあり、人工肛門になるかならないかギリギリの場所でした。5月初めの手術をすすめられ、この手術のときに一時的に人工肛門を作って、3〜6カ月後にもう一度(肛門から排便できるように)つなぎ直す手術をしましょうという提案があり、手術を決めました。

*2 アメリカの保険制度は基本的に民間の保険会社が運営しており、必要とする医療サービスが保険でカバーされるかどうかは、契約内容や保険会社の判断によります。そのため、がんの治療や検査を希望しても、保険会社が「その検査は必要ない」または「契約対象外」と判断した場合、費用を自分で全額負担するか、検査を諦めざるを得ないことがあります。

最初の手術予定変更、“プランB”へ

―― 手術をしたときのことについて詳しく教えてください。

アメリカでは、事前の入院はありません。手術の2日前から特別な洗剤を使って体を洗い、前日に下剤を使って便を出しておくように指示されました。

手術当日はシャワーを浴びて朝6時に来るように言われ、到着後すぐに着替えて、ドクターや麻酔科医から説明を受けたあとに手術が始まりました。説明では「まず予定通り手術をするけれど、一応“プランB”も考えている」ということも言われました。

手術は5〜6時間かかると言われていたのですが、実際には自分でもわかるほど早くに目が覚めました。もしかして「開腹したはいいけどだめだ、インオペ(切除不可能)だ」みたいな、テレビでよく見るようなことが起こったのかと嫌な予感がしました。

しかし、そうではなく、手術中に“プランB”に変更したとのことでした。「がんが肛門に近すぎて、一時的な人工肛門を作ることができず、パーマネント(永久的な)の人工肛門にするしかない状態だった。でも、がんは2.5㎝ほどの大きさなので、(がんとその)まわりだけ取って、そのあとに抗がん剤と放射線の治療をすれば完治する可能性があり、それ(がんとまわりだけを取る処置)をやってみた」という説明でした。

入院期間は1泊で済み、よかったと思ったのですが、数日後にまたドクターから電話があり病院に行ったら「取ったがんのまわりにがんがちょっと散っている。もう少し広い範囲を取らなくてはいけないから、来月(6月)にもう1回手術が必要だ」と言われました。

2回目の手術は内視鏡で切除

―― 2回目の手術について教えてください。

2回目の手術はお尻の穴から内視鏡を入れてがんを取るものでした。日帰りでできると言われたのですが、心配だろうからと保険会社に話をしてもらって、1泊入院しました。広範囲を切除するけれども、簡単な手術だから大丈夫ということでした。

手術をして、そのまわりにがんは散っていないことが確認されました。だからこのあとは抗がん剤治療と放射線治療をすれば大丈夫と思っていました。

でも、1週間後の診察で「取りきれていないかもしれない。再発の可能性が出てくるので不安だ」と言われました。そして「ほかのサージェン(外科医)にデータを全部送っておくから、彼のところでセカンドオピニオンをとってほしい」と言うのです。

ドクターは「やっぱり人工肛門にして全部取ってしまったほうがいいと思う」という意見で、セカンドオピニオンのドクターも「same opinion」「根治させるなら、全部取ってしまうしかない」とのことでした。

命を優先――3回目の手術で人工肛門を造設

―― 3回目の手術を決めたときの心境は?

この時点で2回手術をして、人工肛門にしなくて済むかもしれないという希望もありましたが…、やっぱり命のほうが大切なので、覚悟するしかないと思いました。ドクターのすすめたとおりにやってだめならしょうがないけれど、自分の判断でそれをやらなくてだめだったというのは嫌だなと。「わかりました、手術をしてほしい」と話したときは8月になっていました。

―― 3回目の手術について教えてください。

3回目は開腹手術で(直腸を)全部取って、パーマネントストーマ(永久的な人工肛門)を造設しました。入院期間は5日間でした。

手術の翌日、ドクターから「全部取って(取った部分を調べて)みたらがんが残っていたから取って正解だったが、ステージ2まで進行していた」と告げられました。がんが表面にあるだけだとプレキャンサーステージ*3かステージ1だけれども、腸壁から抜けてしまっていて、この状態はステージ2aだということでした。

どうやら日本ではステージ2aでは薬物療法と放射線治療は行わないそうなのですが、アメリカの基準ではこれらの治療が必須とのこと。新しいドクターを紹介され、治療に進むことになりました。

*3 プレキャンサーステージは、“がん”ではなく“がんに進行する可能性が高い段階”を本来指す言葉ですが、ここではもっとも初期の“ステージ0のがん”を指してそう表現したと推察されます。

終わりの見えない治療に絶望感

―― その話を聞いたときは、どのような心境でしたか。

次から次へと治療が続き、終わりがなかったことが不安でした。「がんになってショックだ。でもこの治療をすれば大丈夫だろう」と思っても、まわりに広がっていたからやばいとなり…。次にまわりを取ったら全部取らなきゃだめだとなり…。そして全部取って人工肛門になって終わりなのかと思ったら、ステージが進んでいた…。

どこまで終わりがないんだろうっていう、絶望的というか、そういう気持ちはありましたね。

―― 造設したストーマについても詳しく教えてください。

ストーマはおへその(本人から見て)左のちょっと下あたりに作りました。ズボンのベルトや車のシートベルトがあたる微妙な位置なんですよね。最初は怖くてシートベルトとの間にバスタオルを挟んだり、ゆるいズボンをはいたりしていましたが、だんだん慣れてきてあんまり気にしなくなり、ジーンズをはけるようになりました。

便は粘着質でやわらかい感じです。普通の人のような長くて硬い棒のような便が出てくるイメージがあるのですが、そういうことはまったくないんですよ。


▼ その後の治療と日本へ帰国後の話はこちらから
【アメリカで受けた薬物療法と放射線治療 〜日本での治療生活と比較して〜(近日公開予定)】

シェアするXFacebookLineMail

この記事はお役に立ちましたか?

この記事の関連キーワード

#医師との会話#手術#ストーマ

この記事の監修者

佐藤 太郎(さとう たろう) 先生
大阪大学医学部附属病院 がんゲノム医療センター 准教授
監修者の写真

1993年弘前大学医学部卒業。内科医、米国での研究留学を経て、近畿大学腫瘍内科へ。2011年より大阪大学大学院医学系研究科に在籍。2023年4月より現職。胃がん、大腸がんなどの消化器疾患の抗がん剤治療や緩和ケア、がんゲノム医療を中心に診療を行っている。

日常も、治療も。無理なく整えるアプリ

通院予定や体調、気分の記録まで。
治療のある毎日と日常生活を、ひとつのアプリでやさしく整えます。
今日から使える、無料アプリです。

michiteku YOHA
App StoreからダウンロードGoogle Playで手に入れよう
michiteku YOHA
App StoreからダウンロードGoogle Playで手に入れよう

michitekuはあなたの今後の治療や生活を考えるお手伝いをします

アカウント登録(無料)をすると、あなたの治療状況やお悩みに合わせて必要な記事を見ていただくことができます。

もっと詳しく見る
図書館にいる女性達のイラスト
アカウント
登録無料

michitekuで治療生活をはじめよう

  • トップ
  • 読みもの一覧
  • アメリカ在住時に直腸がんが発覚。3度の手術を経験 〜終わりが見えない戦いのなかで〜

  • 運営会社
  • michiteku YOHA
  • お問い合わせ
  • FAQ
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー
  • ホームページご利用のご注意
COPYRIGHT © 2023 michiteku Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.