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体験談
大腸がん

26歳、結婚直前に大腸がんが発覚。治療に至るまでの気持ちの変化【20代でスタートした治療生活と完治まで・前編】

#精密検査#病気を伝える#がんコミュニティ
公開日2024.02.06
お名前
K. K.さん
性別
男性
罹患時の年齢
20代
がん種
大腸がん

プロフィール
2014年2月、当時26歳という若さでS状結腸がんを罹患。罹患と同時期に結婚し、現在は妻とふたり暮らし。罹患当時はステージ2のS状結腸がんと一次診断されていたが、術後の病理検査で27カ所のリンパ転移が見つかりステージ3Bと確定。術後の抗がん剤治療をきっかけに、食生活を見直し、運動習慣や職場環境を改善するなど健康的な生活を意識するようになったことで、罹患時から3年で30kg減量したほか、フードコーディネーターなどの資格も取得。そして、2019年3月に完治(通院終了)。
現在は自身の経験を活かして、ほかの患者さんが前向きに治療に向き合えるようにと患者会やがんサロンの運営に励んでいる。


26歳のとき、結婚に向けた両家顔合わせの食事会の直前にがんが見つかったK. K.さん。当時は仕事も忙しく、飲み歩くことも多い生活だったため、体に異変を感じても乱れた食生活のせいだと思っていたとのこと。そんなK. K.さんが大腸がんと診断されてから、どのように治療を選択したのかを語ってもらいました。


顔合わせの食事会直前にがんが見つかった

―― 大腸がんが見つかったときのことを教えてください。

当時付き合っていた彼女と結婚の話が進んでいて、彼女を自分の両親に紹介する顔合わせの食事会を週末にセッティングしていました。その直前の金曜日にがんが見つかったんです。

結局、食事会の日程はずらしたのですが、結婚の話も進めつつ、同時にがんの治療も始まりました。

きっかけは、体調を崩して精密検査で大腸カメラ(大腸内視鏡)検査を受けたことです。医師からはステージ1か2じゃないかと伝えられていて、S状結腸の一部と、その近くのリンパ節を一緒に取るリンパ節郭清(りんぱせつかくせい)という開腹手術をしたんです。その後の病理検査で、リンパ節への転移も27個あったことがわかり、ステージ3のBと確定しました*1。

*1 ステージ判定におけるリンパ節の転移数の定義は当時のステージ分類によるもの

―― 精密検査に至るまで、きっかけとなる症状はありましたか?

がんが見つかったのが2014年の2月なのですが、その4カ月前の2013年10月に一度下痢がありました。でも月1回の下痢なんて気に留めませんよね。

翌月になると月2回ぐらい下痢があって。当時、私は毎晩のように飲み歩いていて、仕事して夜中まで飲んで、また翌日も仕事して夜中まで飲んで、という生活を繰り返していました。そして12月に入ると、年末年始のシーズンということもあって飲み会が増え、食べる量やお酒の量も増えたのですが、それに伴って下痢の回数も増えていきました。そのときは食べ過ぎや飲み過ぎのせいだろうと考えていました。

1月の中頃になると、腹痛を感じてトイレに行く、下痢の症状、でも出すと痛みがなくなる、そしてまたしばらくするとおなかが痛くなる…を繰り返すようになりました。そのうちだんだん痛みが増してきて、腰も痛くなって。そこで何かおかしいなって思い始めたんです。

でも、当時の僕は町工場で働いていたのですが、働けないほどの痛みではなかったし、仕事も忙しかったので、会社を休んでまで病院に行くということは一切考えなかったです。下痢でも、トイレに行って出してしまえば楽になるし…と思いながら、仕事を続けていました。

そして2月に入って、ある日、立てなくなるくらいおなかが痛くなってしまい「このままだと仕事に影響が及んでしまう」と考えて、そこでやっと病院に行きました。

夜間救急でCT検査をして、後日、大腸カメラ(大腸内視鏡)による検査も受けたのですが、カメラを入れた途端に腸をふさぐくらいの大きな塊が見えて、その場で先生に「これ、がんですね」と言われました。

あと、腸に入れた内視鏡が通るときの痛みと、普段の痛みの場所が同じだったので、痛みの原因は腸閉塞(ちょうへいそく)だったとわかりました。がんの塊付近で便が詰まり、がんの部分を便が通るときに激痛が走っていたようです。

―― がんと伝えられたときの心境を伺えますか?

当時はがんという病気について漠然とした知識しかなかったので、治療したら治るだろうと軽く捉えていました。

ですが、両親にがんであることを伝えたら母親が泣いてしまって。すぐに会社にも報告し、そこでもみんなにとても驚かれたんです。そこでがんについて調べてみて「5年生存率」というものを見て、自分は死ぬ可能性の高い病気になったんだということを受け止めました。

世界を広げてくれたがんサロンとの出会い

―― がんについて、どのような情報を調べましたか?

まずはがんについての基本的な情報を調べました。大腸がんというのはどういう病気なのか、がんになってしまう原因は何なのか、どのような治療方法があるのか。

でも、振り返ってみると、一番知りたかったのは患者会やがんサロンなどに関する情報だったと思います。

そういう場に参加するようになってから、世界が広がって、がんに対して前向きな気持ちになれたのですが、がんが見つかってからの4年間、患者会やがんサロンに関する情報に触れる機会がありませんでした。もっと早く知りたかったと感じています。

あと最近では、がんの治療をしながら妊娠の可能性を考える上で大事な知識:「妊孕性(にんようせい)」に関する情報も広まってきていますが、2014年頃はほとんど情報がありませんでした。

当時僕は26歳で、がんの発見と同時に結婚もしようとしていて子どものことについても考えていたので、もっと早く情報が欲しかったなと思っています。

―― 患者会やがんサロンに出会えたきっかけを教えてください。

当時住んでいた地域の商工会議所で開催されていたがんに関するセミナーに参加したのですが、そこでがんサロンを運営している人がチラシを配りに来ていて、そのチラシを手に取ったことがきっかけです。

がんサロンがどんなところかもまったくわからなかったのですが、とにかく行ってみました。そしたら同じような境遇のがん患者さんが集まっていたんです。

お茶を飲みながら話をするだけなのですが、それまで人に自分のがんの体験を話したことがなかったので「私はこうでした」「ほかの人もこうでした」などの会話をしているうちに、改めてがんとの向き合い方について、しっかり受け入れて考えられるようになりました。

人に話すことでそれが言語化されて、頭の中が整理されて、がんという病気を克服していくためのステップのひとつになりました。


手術を経て抗がん剤治療がスタート。さまざまなハードルを超えて完治(治療終了)するまでの道のりについては後編へ。

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この記事の監修者

佐藤 太郎(さとう たろう) 先生
大阪大学医学部附属病院 がんゲノム医療センター 准教授
監修者の写真

1993年弘前大学医学部卒業。内科医、米国での研究留学を経て、近畿大学腫瘍内科へ。2011年より大阪大学大学院医学系研究科に在籍。2023年4月より現職。胃がん、大腸がんなどの消化器疾患の抗がん剤治療や緩和ケア、がんゲノム医療を中心に診療を行っている。

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