プロフィール
パートナーとふたり暮らし。東京都在住。会社員で事業開発を担当。
2022年7月、自治体の検診をきっかけに子宮頸がんが発覚。同年8月に円錐切除術を行う(切除後、ステージ1A1であることがわかる)。手術後はすぐに在宅勤務で仕事復帰。会社内のがん経験者のコミュニティにも参加している。手術から4カ月後の2022年末に異形成(前がん病変)の再発が見つかるも、現在(2023年取材時)は経過観察中。3カ月に1回、定期検査を行っている。
31歳のとき、子宮頸がんと診断されたA. S.さん。検診を受けた医療機関から呼び出しの電話があったときも、自分ががんだとはまったく想像していなかったそうです。今回は、がんが見つかったときのことや、精密検査・治療プランの説明を受けたときのことなどについて、当時の波打つ気持ちとともに詳しく語ってもらいました。
自治体の子宮頸がん検診がきっかけ
―― がんが見つかったときのことを教えてください。
2022年に自治体から子宮頸がん検診の案内が届いて、近所のクリニックに受けに行ったことがきっかけです。毎年のように案内は届いていたのですが、任意だったのでこれまで受けたことがありませんでした。
ただ、その年は31歳になるということもあり、そろそろ結婚や出産を意識しはじめたときでした。ブライダルチェックというか、安心材料になればというくらいの気持ちで受けたんです。自覚症状はまったくありませんでした。
1カ月ほどで結果が郵送されるという話でしたが、2週間ほどして、クリニックから電話がかかってきました。「直接話したいことがあるので、急いでクリニックに来てほしい」とのことでした。
がんとはまだ明かされていなくて、自分もまさかそんな話だとは思っていなかったので「(検診時に続き)何度も会社を休めないので電話で教えてほしい」と言ったところ「そういうレベルの話ではなく、先生が直接話したいことなので絶対に来てください」と言われました。それでもまだ、がんかもしれないとは思っていませんでしたね。
その翌週、クリニックに行ったところ、子宮頸がんの告知を受けました。
仕事、家族、病院の予約…「どうしよう」のオンパレード
―― クリニックで告知を受けたときのことは覚えていますか?
診察室に入り、椅子に座るか座らないかのタイミングで、先生に「家族は近くに住んでいますか」と聞かれました。籍は入れていないけれど一緒に住んでいるパートナーがいると話したら、すぐに「あなた、がんなんですよね」と言われました。
とてもびっくりしました。検査結果はがんで、このクリニックではステージの確定や治療ができない。すぐに紹介状を書くので病院で詳しく検査してください、とのことでした。
先生は淡々と事実を伝える感じでしたし、私は信じられないという気持ちが大きくて、取り乱すことはありませんでした。ほとんど先生に言われるがままでしたが、「私は死んでしまうのでしょうか?」という質問をしました。やっぱり「がん=死」のイメージがありましたし、年齢的に相当進んでいるのではないかと思ってしまって…。先生からは「見た目でわかるようながん細胞があったわけではないし、私の見立てだとそこまで進んでないと思うけれども、確定診断ができないので絶対に大きい病院に行ってください」と言われました。
相当ショックを受けたんだと思います。クリニックから自宅まで帰った20分くらいの記憶がありません。その日は会社に行く気分になれなくて、上司に調子が悪いと連絡して会社を休むことにしました。
ただ、紹介された病院がすごく混んでいて、予約が取れたとしても結構先になってしまうかもとのことだったので、すぐに予約しなければと思いました。優先順位を考えて動かないとと思っても、仕事どうしよう、家族どうしよう、病院どうしよう…と、「どうしようのオンパレード」だった気がします。
―― 身近な人にはすぐに伝えましたか?
同居しているパートナーには、クリニックから自宅に帰ってすぐに話しました。ただ、私たちはいずれも知識がなく、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、がんという響きから「本当に大丈夫かな?」とか、「死ななかったとしても、部位が部位だけに、子宮を摘出しなくてはいけないのでは?」とか、話し合っても解決できないことをずっと話していた感じでしたね。
手術まで、不安な日々が続いた
―― 精密検査を受けたときのことを教えてください。
幸いにもクリニックで告知を受けてから4日後に、初診の予約を取ることができました。初診では、子宮頸がん専門の先生との面談と内診もありました。手術をしないとステージの確定はできないけれど、内診の限りではごく初期の段階だと思う、という話でした。初診の日に受けた検査は、血液検査や肺活量の検査など、手術に向けた簡易的なものでした。そのあと、週に1回来院し、子宮まわりに特化したMRIと全身のCTを受けました。ですので、検査にはトータルで3日かかった感じです。
先生の見立ての通り、MRIもCTも問題なかったのですが、結果が出るまでに1週間ほどかかるので、結果を聞く日は憂鬱な気分になりました。また、手術をしてステージが確定し、そこではじめて子宮摘出がマストになるかがわかるので、手術までは「大丈夫かな…」という思いがずっと続いていましたね。
―― 検査を受けていた3日間、お仕事はどうしたのですか?
上司と、信頼できるチームリーダーにだけは事情を話しました。どうしても休まないといけない、と。ふたりとも、何も気にせず休むように、と言ってくれたので、必要に応じてまわりのメンバーへ一時的に仕事を引き継ぎました。
子宮を残すことを優先したい
―― 治療のプランはどのように決めていったのでしょうか。
治療をどのように進めていくかについては、担当の先生がとても丁寧に説明してくれました。私の年齢と出産の希望に沿った治療プランを考えてもらえたと思います。私の場合、ステージ1以上が予測されていて、子宮を摘出しなくても手術は必要であり、その方法は円錐切除だけとのことでした。
円錐切除術は子宮を取らずに行う手術ですが、再発を限りなくゼロにしたいのであれば、子宮摘出を最初から選ぶ人もいらっしゃるようです。ただ、私くらいの年代は可能な限り子宮を温存したいという人が多いようでした。
私はステージ1A1で、結果として円錐切除だけでしたが、このステージで子宮を摘出する人もいるそうです*1。再発を防ぐことを優先するのか、今後の妊孕性(にんようせい)を優先するのか、自分の意思で決めてください、というふうに言われました。
*1 ステージ1A1の標準治療では子宮摘出が推奨されていますが、今後の妊娠・出産を希望する場合は、がんの状態などを確認したうえで、医師の判断のもと子宮を温存する「円錐切除術」を選択することも可能です。
―― すぐには決められないことだと思います。情報収集はしましたか?
最終的に、「するかわからない再発を防ぐより、子宮を残すことを優先したい」と決めましたが、インターネットでめちゃくちゃ調べましたね。子宮を取らなかったときの再発率とか、子宮を取ったら本当に再発率がゼロなのかとか…。先生は可能性の示唆はするけれど断定はしてくれないので、もう自分で情報収集するしかないと思いました。誰が発信しているかわからない情報に踊らされていたな、と今は思います。
ブログやSNSでも調べていて、子宮を取らずに妊娠した人の話を探したのですが、あまりなかったです。初期のがんの人や完治した人の話よりも、読んでる側もしんどくなる内容の体験談が多いんですよね。でも、検索をやめられないんです。何回もやめようと思うんですけど、毎日病院に行って聞けないし、次に病院に行くまでの期間に不安になって調べてしまうんです。
ちょっと体調が悪いとがんのせいだと思ってしまって、病状について検索して、また不安になって…と、負のループにはまっていた気がします。
パートナーからは「病状を検索するのはやめたほうがいい。調べ物は明確に調べたいことがあるときだけにしたほうがいい」とすごく言われましたね。パートナーは冷静に「ステージが進んでいても子宮を摘出しない治療ができる病院はあるのか」といったことを調べてくれました。
―― 精密検査を受けた病院で手術をしたのですよね。別の病院も検討したのですか?
クリニックからは、子宮頸がんに対して権威のある、とてもいい病院だと紹介されました。ただ、検索サイトの口コミには賛否両論があり、そこに決めてよいのか悩んだ時期もありました。セカンドオピニオン*2については、やっぱり前の病院がいいなと思って戻ったときにあまりよくしてもらえないのでは、とか、セカンドオピニオンに行ったらそっちに決めなくてはいけないのではないかと思い、やりませんでした。
ただ、手術後の確定診断でステージが進んでいるとわかった場合、子宮摘出を防ぐ治療を断られたら別の病院に行こうと考えていました。レーザー治療など円錐切除術以外の選択肢についても調べたりしましたが、そのころには「今すぐにでもがんを取りたい!」という一心で、並行して調べる余力がなかったように思います。
*2 セカンドオピニオンは、別の医師の意見を聞いて理解を深めるための仕組みです。転院を目的とした制度ではないので、主治医を変えずに、他の専門医の見解を聞くことができます。詳しくは以下の『セカンドオピニオンって受けてもいいのでしょうか?』の記事をご覧ください。
▼ その後の手術や入院、経過観察のときの話はこちらから
【パートナーにも言えない経過観察中の気持ち 〜同じ経験者とつながれた感謝と「早期がん」の孤独〜】


