プロフィール
夫と息子(21歳)の3人家族。埼玉県在住。当時勤めていた会社(物流関係)の健康診断で乳腺腫瘍(しゅよう)が見つかり、精密検査の結果、2022年4月にステージ3の乳がん・ホルモン受容体陽性タイプと診断される。右乳房を全切除し、自家組織で再建。切除手術と同時に行った再建手術1回目(エキスパンダー挿入)のあとに抗がん剤治療を行い、再建手術2回目(自家組織への入れ替え)完了後に放射線治療、ホルモン療法を行う。現在もホルモン療法を継続中。
途中で一度職場復帰するが右腕にリンパ浮腫が生じ、仕事での荷物の持ち運びに支障が生じたため退職。現在は求職活動中で、専業主婦としてこれまでのように家事をこなしつつ、旅行や趣味など活動的な時間を送っている。
ステージ3の乳がんと診断されたAさん。検査の段階から、自身でもネットでがん情報を収集し、その情報をもとに医師と相談しながら自分に合った治療法を選択してきました。がんが見つかった経緯から治療の流れ、またがんを経験したことでの気づきなどについて話を聞きました。
発見からがん診断まで4カ月。ネットを活用して乳がん情報と向き合う
―― 乳がんが見つかったときのことを教えてください。
当時勤めていた会社の健康診断で乳腺腫瘍が見つかり、すぐに検査を受けに行きました。検査を受けたのはいわゆる町医者だったのですが、そこで乳がんの疑いがあると伝えられ、さらに精密検査を受けるために、紹介された大きな病院に行きました。
乳がんと診断されるまでに、町医者ではマンモグラフィと超音波検査を1回ずつ。紹介先の病院でも同じ検査を1回ずつと病理検査を行い、さらにがんの広がりを確認するためにCT検査も受けました。ステージは3でした。
―― 乳がんと伝えられたとき、どのように受け止めましたか?
一番に感じたことは、最初の健康診断から結果がわかるまでに何カ月も経ってしまったなということです。
最初の健康診断が2021年の12月だったんですけれども、最終的な検査結果が出たのは2022年4月で、4カ月くらいかかってしまったんですよね。健康診断の結果が出たあと、私としてはすぐに病院に通いたかったので急いで病院を探したのですが、最初に行った病院では乳がん専門の先生は2週間に1回くらいの頻度しかいらっしゃらないということで、そのタイミングに合わせて受診しなければいけなかったんです。
そのあと行った紹介先の大きな病院も、最初の予約を取れたのが1カ月後だったり、さらにCT検査の予約もなかなか取れなかったりという感じで時間がかかりました。私のがんは進行の遅いタイプだったので、急ぐ必要はないとは言われていましたが…。
―― 治療方針はどのように決めましたか?
検査を受けていたときから自分でもがんについてネットで調べていて、例えばラジオ波を使った切らない治療など、気になる治療法は事前に先生に相談もしていました。
でも、最初の検査で私の場合はがんが1カ所ではなくいくつかできている可能性が高いことがわかり、その段階でラジオ波などによる切らない治療は無理だろうということは伝えられていました。そのため、手術をすることはある程度想定できていたこともあり、手術をすすめられたときには「それでお願いします」とすんなり決めることができました。
あと、乳がんの手術では全摘(全切除)か部分切除かの選択に悩むこともあるかと思います。私の場合は、先生からまず最初に「がんが(右胸に)細かく散らばっているような感じに見えるので、(右胸の)全摘をおすすめします」と伝えられたこともあり、もうそこは自分で考える余地はないんだなと受け止めましたね。基本的には先生にお任せする流れで、全摘に決めました。
乳房再建については先生からどうしたいか聞かれたときに希望すると伝えたら、形成外科を案内してくれて、そこで形成外科の先生から説明を受けました。再建方法は事前に自分でもネットで調べていて、説明を聞いたあとに自分で選びました。
再建のやり方もいろいろあるのですが、私はバストの膨らみがなくなってしまうことは考えられなかったので、比較的早く膨らみを作れる方法を選びました。乳房の切除手術の際に同時にエキスパンダー(インプラントを入れる前に、胸の皮膚とその周辺の組織を伸ばすための器具)を入れて、半年経ったあとに中身を入れ替えるやり方が自分には合っているだろうと考え、わりと悩まずに決めることができました。
乳房再建を優先し、治療計画を変更
―― 乳房の切除手術を受けたときのことを教えてください。
手術のために、だいたい2~3週間ほど入院したのですが、手術の流れなどについても事前に調べていたこともあり、わりと冷静に、想定していた通りに進んだと思います。
印象に残っていることとしては、やはり手術したあとの胸を初めて見たときです。ショックでしたね。痛みも強かったので、痛み止めをかなり飲んだと思います。
―― 切除手術と再建手術(エキスパンダーを入れるまでの工程)のあと、抗がん剤治療、放射線治療を行ったと伺いましたが、それらの計画はどのように決めましたか?
もともとの計画では、抗がん剤治療を受けたあと、次は放射線治療を行う予定でした。でもネットで調べたところ、放射線をあてたところの皮膚が硬くなってしまい、乳房再建が難しくなる場合があるという情報を見つけたんです。乳房がいびつな形になるのは嫌だったので、先生とも相談して、先に再建(エキスパンダーを取り出してインプラントに入れ替える工程)をして、そのあとに放射線治療を始めるよう治療計画を変更してもらいました。
最初の切除手術の際に、エキスパンダーを入れて再建のための土台づくりはしていたので、2022年10月に抗がん剤治療が一段落したあと、11月に胸の中身を入れ替える手術を受けました。先生からはシリコン(でできたインプラント)を入れるほうが手術的には楽だからとおすすめされたのですが、シリコンは一生モノではなく交換が必要なのでメンテナンスも面倒くさいし、身体にとっては異物なので、自家組織(おなかや背中など自分の体の一部。Aさんの場合はおなかから採取した)を入れる方法を選びました。このときもまた2週間ぐらい入院したと思います。
その後、放射線治療とホルモン療法を受けました。ホルモン療法は今も継続していて、そろそろ3年経つという流れです。
乳がんのことを伝えるべきか。がんになってからのまわりの人との関わり方
―― 今現在は専業主婦ということですが、治療のタイミングで仕事は退職されたのでしょうか?
もともとはトラックのドライバーとして、物流関係の会社に勤めていました。
がんが見つかって一度休職して、放射線治療が終わったあとに復帰したのですが、そこから1年ぐらい働いたころに手術の影響で右腕にリンパ浮腫(がんの治療部位に近い腕や脚などの皮膚の下に、リンパ管内に回収されなかったリンパ液がたまってむくんだ状態のこと)が生じてしまいました。重い荷物を持てなくなり、少しの間、事務をやらせてもらったのですが、自分には合わないなと思い、結果的に会社を退職しました。
私としてはやっぱりドライバーの仕事は続けたいと思っているので、重い荷物を運ぶ業務内容でなければまたできるかなと思い、今ハローワークで仕事を探しているところです。ハローワークにはがん患者の仕事について相談できる窓口があるのですが、例えば重いものが持てないなどの条件を企業の方に確認してもらったり、できそうな仕事を探してもらったりもしています。
―― 乳がんが見つかったことは、まわりの方には伝えていましたか?
同僚にはがんのことは言わないでほしいと考えていたので、会社の方に相談して、管理者の方にだけ情報を共有しつつ、体調不良で休んでいるということにしてもらっていました。ただ、復帰後は仕事内容に制限がつくこともあり、みんなと同じ仕事量をこなせないこともきちんと説明したかったので、復帰のタイミングで自分から(がんのことを)同僚にも伝えました。
でも家族には、とくに姉と妹には一番に伝えました。「乳がんは遺伝が影響することが多いから、みんなすぐに検査したほうがいいよ」とメールしましたね。両親には心配をかけるからあまり言いたくないとも思ったのですが、兄弟から親に連絡をしたみたいで、心配した親のほうから電話がかかってきました。
あと友達には最初は伝えていませんでした。でも、友達とご飯を食べに行ったとき、そのころ髪の毛が抜けていたこともありウィッグをかぶっていたんですけれども、友達がそれに気づいたので、その流れで、実はがんだったんだということを初めて話しました。友達には言いたくないわけではなかったのですが、わざわざ言う話でもないと思っていたので、会話の流れで自然に伝えた感じですね。
やりたいことは今やる。乳がんを経験して気づいたこと
―― ご自身でがんに関する情報をしっかり調べたうえで治療を進めていると思うのですが、情報収集するときに参考にしていたこと、気をつけたほうがいいことなどはありますか?
情報を知るために、いろいろなサイトを見てきました。乳がん情報専門のサイトや病院が運営しているサイト、ほかにも検索で見つけたサイトはほとんど見たと思いますね。
とくに、乳房再建についてはさまざまな方法があったので、乳がん経験者の体験談なども読んで参考にしました。
困ったこととしては、がんに効く食べ物だとかそういった情報をいろいろな人から言われることも多くて…。「これを食べたほうがいい」「食べないほうがいい」「免疫力を上げるものを食べて」など、家族からは今でもよく言われます。
でも、そういう情報は受けている治療にそぐわなかったりすることもあるみたいなので、あまり言われたくないといいますか…。私のことを思って教えてくれているのはわかるのですが、あれこれ言われすぎるとちょっと疲れちゃうなということはありました。
―― ほかにも、生活のなかで感じた不便さや困りごとなどはありましたか?
乳房再建に関わる痛みですかね。エキスパンダーは身体にとっては異物なので、それが中で動くんですよね。そうすると擦れるといいますか、体感的には胸の中に剣山が入っているようなイメージです。じっとしていれば痛くないのですが、横になってずれたりするときに、剣山でザザッとやられるような激しい痛みを感じるんです。とくに最初のころはひどかったです。入院中は痛み止めの薬をもらって耐えていましたが、ベッドで横になっていても痛いし、起き上がるときはさらに苦痛だったので、もう動きたくないと思うぐらいでした。
退院するころにはかなりよくなってはいたのですが、そのあとも重い物を持ち上げようとするときなどは痛みがあったので気をつけるようにしていました。今は自家組織を入れたので、痛みは気になりません。
―― がんを経験したことで、生活や考え方などに変化はありましたか?
やりたいと思うことを今やろうと考えるようになり、これまでやりたいと思いつつ後回しにしていたことをだいぶやり尽くしました。
まず旅行。北海道から沖縄まで、何カ所も行きました。あとは車が好きなので、サーキット走行もしてみようかなと思い、少し足回りを改造してみたり。以前よりもだいぶ活動的になっていると思います。
がんになったことで、時間は限りがあるものだということをすごく実感したので「やりたいと思ったことは今やらなきゃ」と考えるようになりました。がんになって落ち込むこともありますけど、わりと現実を受け入れて、自分的には今の人生に満足しています。時間を大切に、自分のために使えるといいなと思っています。


