プロフィール
父親(罹患時91歳)と妻との3人暮らし。埼玉県在住。
2022年4月に受けた人間ドックで胃がんが見つかり、精密検査の結果ステージ1と診断される(当時61歳)。同年7月に腹腔鏡手術で胃の3分の2を切除し、現在は経過観察中。
それまではシステムエンジニアとして会社に勤めていたが、罹患をきっかけに定年目前で退職。今は父の介護をしながら、主夫として家族を支えている。
2022年、61歳のときにステージ1の胃がんと診断されたH. S.さん。父の介護のため、また日々の生活を充実させるためにも、あと3年で定年を迎えるというタイミングで退職し、主夫として家族を支える道を選んだとのこと。がんが見つかったときのことからその後受けた手術、またがんをきっかけに変化した生活について話してもらいました。
毎年受けていた人間ドックで胃がんが見つかる
―― 胃がんが見つかったきっかけを教えてください。
当時勤めていた会社で受けた、人間ドックの内視鏡検査がきっかけです。その検査の結果、胃がんである可能性が高いと伝えられました。
初めて胃がんと伝えられたときは、何にも考えられなくなりましたね。「え?自分が?」という思いでした。それまでまったく症状もなかったですし、毎年内視鏡検査を受けていて、1年前の人間ドックの結果も良好だったんです。「たった1年でそうなってしまうのか…」という感じでしたね。
すぐに近くの病院への紹介状を出してもらい、精密検査を受けることになりました。再度、内視鏡で検査をして、その結果胃がんのステージ1と告知を受けました。
―― 治療法はどのように決めましたか?
告知の際、手術による治療を提案されて、手術方法についての説明も受けました。
ひとつは内視鏡治療で、がんの部位だけを取って終わらせる方法です。ただ、内視鏡で取れる深さは限られてしまうので、がんが残ってしまう可能性もあるとのことでした。術後に再度検査をして、再発していた場合はまた手術をしなければいけなくなるかもしれないけれども、体を切るわけではないので比較的簡単ではあるという説明でした。
ほかにもがんの部分を根本的に取りたい場合の手術方法についても話を聞き、どの選択肢を選ぶか判断を委ねられました。
手術方法を決めるにあたっては、これまで経験してきたどんな大きな仕事よりも決断力が試された感じがします。「がん=死」と連想してしまって、どの手術を受けるべきなのかというのは悩みましたね。
でも、手術を何回も受けるのは嫌だったので、できるだけ1回で終わらせる方法を選ぶことにしました。
体に負担の少ないロボット支援手術を受けることに
―― 実際には、どのような手術を受けたのでしょうか?
腹腔鏡手術をさらに進化させた、ロボット支援手術というものを受けました。
初めて聞いたときは「それ何?」と思いましたが、開腹手術よりは圧倒的に術後の体への負担が軽いこと、そして、ロボットを使うことによって人の手で直接行う手術よりも手ぶれが起こりにくいので成功率が上がる可能性がある、ということなどを説明してもらい、受けることに決めました。
ロボット支援手術はアームやカメラが付いたロボットを先生が操作しながら行う手術なのですが、手術による傷口はおへそのところに2cmぐらいのものがひとつと、おなかの両側に小さいものが4つだけ。そのおかげで術後の苦しさは思ったほど感じませんでした。
術後すぐは痛み止めの点滴が切れるとおなかが痛くなるので、鎮痛剤をずっと点滴してもらっていました。翌日には「早く回復するためにも、鎮痛剤を打ってでも病院内を歩きなさい」と看護師さんに言われ、歩くようにしていました。回復は早かったように思います。
今でも慣れない、胃切除後の食事管理
―― 手術が無事に終わり、自宅に帰られてからの生活で大変だったことはありますか?
胃の3分の2を切除したので、食事は1回に食べる量を少なくして1日5食に分けて食べるようにと、入院中に栄養士さんから説明を受けました。それが非常に難しくて、約1年たった今もまだ慣れません。
手術で胃が3分の1の大きさになってしまったので、ちょっとの食事量でも胃はすぐ満タンになるんです。でも脳は、手術前と同じ胃袋の感覚で食欲をコントロールしているから「まだ半分も食べていないぞ」と認識して、もっと食べようとしてしまうんですよね。
空腹に負けておなかいっぱいになるまで食べてしまうと、胃が痛くなったり、おなかを壊したりするので、なるべく空腹を感じる前に食べるようには気をつけています。
あと、今はほとんどないですが、退院してすぐの頃はダンピング症候群*も週に2~3回くらい起こしていました。食べた後、急に汗が出てきて心臓がドキドキして、それが30分~1時間くらい続いて…。とにかく苦しかったことを覚えています。症状が出たときは、横になって静かにしているしかなかったです。
そんな状況だったこともあり、術後半年くらいは外食はしませんでした。出された食事の半分も食べられないので、もったいないし、何よりお店に失礼だと思ったからです。
* 胃の切除前は食べたものが少しずつ胃から腸へと移動していたのが、胃の切除により直接、急に腸へ移動することによって起こるさまざまな症状を指します。
父親の介護か、仕事か。がんと診断され退職を決意
―― がんと診断されたときは会社員として働いていたとのことですが、治療と仕事の両立についてはどのように考えましたか?
がんと診断されたと同時に、仕事は辞めようと思いました。治療をして元気に回復したとしても、もう仕事はしないで楽しく生きようと考えたんです。
あと3年で定年退職というタイミングだったのですが、がん以外にもいくつかのことが重なって決断したという感じです。
まず、元気なうちに遊びたいという気持ちもありましたし、コロナ禍になったと同時に父親が高齢のため介護が必要になってしまったということも背景にあります。当初はタイミングよくリモート勤務に切り替わったので、エンジニアとして自宅で仕事をしながら、とく特に支障をきたすことなく介護もできる状況でした。
その状況がずっと続けばよかったのですが、健康でなくなったので、「まあいいかな」と思いましたね。仕事に対する未練はなかったのですが、一緒に仕事をしていた会社のメンバーには、本当に突然のことで悪いことをしたなと思っています。
―― 家族や職場の人など、まわりの方にはいつどのように退職することを伝えたのでしょうか?
会社には、精密検査の結果が出て、がんと診断されたあとに退職を希望する旨を伝えました。
妻には、人間ドックでがんの疑いがあるとわかったときに「もう、仕事辞めるね」と伝えました。がんということには驚いていましたけど、仕事を辞めることについては「ふ〜ん」という感じでしたね。ふだんから、ふたりで決めるべき事柄についてはお互いに相談もしますし、自分自身のことに関しては自分で決めてから相手に伝えるようにしています。妻も同じです。よほど想定外のことがない限りは、お互い反対しないですね。
手術方法について決断を悩んだときも、相談はせずに自分で決めてから報告していました。
―― 治療を行いながら、退職の準備や手続きを行ったのでしょうか?
手術をする前に退職する決断をして会社にも伝えたのですが、退職に関する実際の手続きは退院してから行いました。
失業保険はどのように申請するのか、会社に関しては退職届を提出してからいつまでに何を返却する必要があるのかなど、退職するにあたって必要になることを退院後2カ月くらいかけて調べながら手続きを進めました。
がんになって始めたこと・やめたこと
―― 現在は経過観察中ということですが、日々どのように過ごされていますか?
今、仕事はしていない状況です。
妻が外で働いているので、私は主夫をしています。家の片付けや食事の支度など、家事全般を担当しています。フリーな時間は、個人的にパソコン作業をしていることが多いです。
あと、趣味でソフトボールもやっているので、仲間と定期的に練習をして体を動かしています。
父親が高齢で、少し介護が必要な状況なので、週に一度訪問診療を受けています。その対応などもしています。
―― がんになったことで、仕事以外にも変わったことはありますか?
実は私は喫煙者で「死んでもたばこはやめない」と思っていたのですが、術後にきっぱりと、すぐ禁煙できました。理由としては、やっぱり死にたくないからですかね(笑)。
がんになるまでは、1日に10本くらいたばこを吸っていました。仕事への未練と同じで、がんを経験したことで、たばこへの未練もまったくなくなっちゃったんです。無駄だということがわかったんですよね。たばこはお金もかかるし、吸うための時間ももったいない。私は高血圧なので、そういう面でもよくない。百害あって一利なしと気づきました。
