乳がんの治療法のひとつに手術があります。ここでは、手術の目的や手術の対象となるケース、また切除する範囲や手術方法について見ていきましょう。
手術をする目的
がんの治療法には手術や薬物療法、放射線治療などがあり、がんや患者さんの状態によって適切な治療を組み合わせていきます。
手術は、がんを取り除くことを目的に行う局所治療です。手術後の病理検査*1の結果でがんの性質を知り、その後の治療方針を検討するという目的もあります。
*1 細胞や組織を顕微鏡で観察することで、乳がんの種類や性質、広がりなどについての診断をするための検査。専門の病理医が行う。
手術の対象となるケース
乳がんは非浸潤がんと浸潤がんに分けられますが、手術の対象となる目安はそれぞれ次のような場合です。
非浸潤がんの場合
非浸潤がんとは、がん細胞が乳腺(乳管・小葉)の中にとどまる乳がんを指し、ステージ*2で表すと0(ゼロ)となります。「非浸潤性乳管がん」「非浸潤性小葉がん」と呼ばれる場合もあります。
非浸潤がんの場合は基本的な治療として手術が行われます。
*2 ステージは「病期」ともいわれ、がんの広がりやほかの部位への転移など進行の程度(がんの状態)を知るための目安です。適切な治療法を検討する際の指標のひとつとして使われています。
浸潤がんの場合
浸潤がんとは、がん細胞が乳管や小葉にとどまらず、しみ出すように広がっているもので、ステージ1〜4はすべて浸潤がんです。このうち、ステージ1~3の場合は遠隔転移がなく、完治が目指せますので、切除可能であれば乳房の腫瘍(しゅよう)を取り除く手術が行われます。
切除する範囲はどうやって決まる?
以前はがんを取り切る目的で、乳房周辺の組織やリンパ節などを含む広範囲の切除が行われていました。
しかし近年では、比較的初期の段階からがん細胞は血液やリンパ液の流れによって全身に広がっていく可能性が高いと考えられるようになってきたため、手術で広範囲を切除するよりも、手術をした時点でがん細胞が全身にどれだけ広がっているか、また、それらを薬物療法で排除できるかどうかということが重要視されるようになっています。
切除する範囲などの具体的な手術内容は、がんの進行具合だけでなく、切除による外見の変化なども含め、総合的に検討した上で決定します。
現在、乳がんにおける標準的な手術の方法には大きく「①一部分のみを切除し、できるだけ乳房を残す」方法と「②がんが存在する側の乳房をすべて切除する」方法のふたつがあります。
①一部分のみを切除し、できるだけ乳房を残す「乳房部分切除術(乳房温存手術)」
手術前に行った検査でまわりへのがんの広がりが小さいと判断された場合に行われるのが乳房部分切除術で、腫瘍(しゅよう)とその周囲1~2cmほどを部分的に切除し、それ以外の部分を温存する手術方法です。
手術によって、傷あとが残るほか、切除した部分がくぼんだり、乳房の大きさが小さくなったりする場合もあります。傷あとが乳房のどのあたりにどのような形で残るのか、乳房がどのように変形する可能性があるのか、気になる方は手術前に主治医に確認してイメージを持っておきましょう。
腫瘍が乳房の皮膚まで広がっていない場合は、皮膚を切除せずに残すことが可能で、傷あとを目立ちにくくしたり、それほど気にならない場所に傷あとがつくよう、切る皮膚の位置を調整したり*3することもできます。
*3 例えば、わきの下の位置、乳輪に隠れるような位置、胸元に傷がつかない位置など。腫瘍の場所、切除する範囲の大きさ、乳房の大きさなどによる制約もあります。
ステージ0〜2で乳房部分切除術を行ったあとは、手術した乳房の切除しなかった部分(温存した乳房)での再発を防ぐために、放射線治療を行う必要があります。この組み合わせの治療法を「乳房温存療法」といいます。腫瘍が大きい場合は、手術前に薬物療法を行って腫瘍を縮小させてから乳房温存療法(手術+放射線治療)を受けることもあります。
しかし、遺伝性乳がんと診断を受けている人は、新たな乳がんが発症するリスクが高いため、乳房を温存することは積極的にはすすめられていません。
また、切除した断面を病理検査で調べ、そこにがん細胞が存在していた場合は、残った乳房での再発の可能性が高いと想定されます。その場合は、追加切除を行いさらに広い範囲を切除することや、乳房全切除術に切り替えたりすることがすすめられます。
②がんが存在する側の乳房をすべて切除する「乳房全切除術」
乳房全切除術は、胸にある筋肉(大胸筋と小胸筋)を残して、乳頭、乳輪、乳房のふくらみを含めて、がんのある側の乳房すべてを切除する手術方法です。
以下のいずれかの状況にあてはまる場合は乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線治療)の対象にならず、乳房全切除術がすすめられます。乳房全切除術は「全摘」と呼ばれることもあります。
乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線治療)の対象にならないケース
がんを取り除けないことが予測されるケース
- 腫瘍の大きさが3cmより大きい
- 片方の乳房内に、ふたつ以上の腫瘍が離れた位置にできている
- 腫瘍が広範囲にわたって広がっている(マンモグラフィ検査の結果、微細石灰化が広範囲に起こっている)
患者さんの体の状態や治療歴などから放射線治療が難しいケース
- 妊娠中(妊娠中でも出産後まで放射線療法を待つことができると判断される場合には可能になることもあります)
- 過去の治療で乳房や胸部に放射線治療を行ったことがある(がんの治療に限りません)
- 併発疾患の状況により温存乳房への放射線治療が行えない
患者さん本人が乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線治療)を希望しないケース
- 手術後の乳房の外見上の変化に懸念がある場合(医師から懸念点が提示される場合もあります)
乳房の切除後は、皮膚を縫い合わせて手術が終了します。傷あとは腫瘍の位置や本人の体型などによって異なりますが、胸の真ん中あたりから横側に、もしくはわきの下に向かって残ることが多いです。
また、乳房全切除術では切除した乳房を復元する「乳房再建」をすることも可能です。
乳房再建を前提とした場合の手術方法
乳房全切除術では皮膚も一緒に切除するのが基本的な方法ですが、乳房再建を行うことを前提とする場合は、再建後の乳房の形を整えやすくするために、乳房の一部分だけを残す切除方法があります。
ひとつは、乳房の皮膚を残す「皮膚温存乳房全切除術」で、もうひとつが、皮膚に加えて乳頭・乳輪も残す「乳頭温存乳房全切除術」です。
乳頭・乳輪を残す方法は、残した乳頭・乳輪の血流が悪いと壊死(えし)を起こしてしまうなどのリスクがあるため、腫瘍と乳頭、腫瘍と皮膚とが離れているステージの低い乳がんのみが対象になります。
リンパ節に転移している場合はわきの下を手術する「腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい)」も行う
腋窩リンパ節とは、乳がんが転移する可能性が高いリンパ節で、わきの下(腋窩といいます)から鎖骨にかけて広がっています。乳房の切除手術前にリンパ節への転移を確認し、転移が見つかった場合は再発や他の臓器への転移を防ぐため、乳房の切除手術(乳房部分切除術、乳房全切除術いずれの場合も)と同時に腋窩リンパ節とその周辺の脂肪組織を取り除く「腋窩リンパ節郭清」も行うことになります。
リンパ節への転移はわきの下から鎖骨に向かってレベル1、2、3へと進んでいくため、転移の状況により切除範囲は変わってきます。しかし、広範囲のリンパ節を切除しても再発の危険性が減少するとは限らず、腕のむくみなどの合併症が出ることが多いため、現在ではレベル1~2の切除にとどめることが増えています。
乳房部分切除術と合わせて実施する場合、乳房切除のための傷あととは別に、わきの下あたりにも傷あとが残ることがあります。
リンパ節への転移を調べる検査について
乳房切除前の検査で「腋窩リンパ節への転移がない」と診断されている場合、または「転移の疑い」があるものの確定診断がされておらず、転移があるかどうか判明していない場合、乳房の手術の際に「センチネルリンパ節生検」とよばれる検査を行います。
センチネルリンパ節とは、「乳房内からリンパ流が最初にたどりつくリンパ節」と定義され、乳がん細胞が初めに転移しやすいリンパ節です。このリンパ節を摘出して病理検査で転移がないか調べます。センチネルリンパ節に転移がなければ、他のリンパ節にも転移していないものと判断します。センチネルリンパ節に転移があったとしても、一定の条件を満たす場合は腋窩リンパ節郭清を行わない場合もあります。
乳房の再建
手術によって変形、または失われた乳房を、形成外科の技術によって再建することを「乳房再建」といいます。
乳房の再建は、患者さんが希望し、一定の条件を満たしていれば、乳房部分切除術(乳房温存手術)、乳房全切除術のどちらでも行うことが可能です。乳房を切除する手術のときに同時に行う場合と、乳房の切除から期間をおいて改めて行う場合があり、場合によっては放射線治療のスケジュールに影響を与える可能性もあります。
自分の筋肉や脂肪などの自家組織を使った再建と、インプラントとよばれる人工乳房を使った再建があります。
さいごに
乳房の手術では、見た目の変化が気になる人が多いかもしれませんが、手術後には傷あとの痛みや腕や手指の腫れなども起こりやすくなります。それらの程度によっては、日常生活に影響することも想定されます。
手術によって体にどんな変化が起こる可能性があるか、自分は何を大事にしたいかなど、主治医とよく相談して手術方法を決めることが大切です。