「どんな治療があるのだろう」「この治療法を提案されたのはどうしてかな」。主治医からの治療方針の説明前後で、そんなふうに思う方がいるかもしれません。
肺がんの治療は基本となる考え方をもとに、患者さんごとに治療方針が立てられます。では、治療の方針や方法は、どのような過程を経て決定されていくのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
治療方針を決めるための要素
肺がんの治療の方針を決めるための要素には、大きく「がんの状態」「体の状態」「患者さん本人の事情や希望」の3つがあります。
「がんの状態」には進行度(ステージ)、がんのタイプ(組織型)、発生部位などがあり、「体の状態」には年齢、病歴・持病、肺の機能の状態、日常活動の制限の程度などがあります。これらに「患者さん本人の事情や希望」として仕事や趣味などの生活・人生で大事にしたいことや、サポートを受けられる方の有無などを加味したうえで、治療方針が決定されます。
主治医から提案される治療の選択肢
主治医からは、医学的にもっとも推奨される治療選択肢が提示され、メリット・デメリットの説明があります。さらに、別の選択肢が提示されることもあります。そして最終的に患者さんと話し合って治療方針を決める、というのが一般的な流れです。
治療の選択肢は科学的根拠(エビデンス)に基づいて提案されます。科学的根拠のある治療とは、きちんとした研究を経て、有効性や安全性が証明された治療のことです。
そのひとつの指標として「肺癌診療ガイドライン」があります。肺癌診療ガイドラインは全国の肺がんの専門家によって作成され、科学的根拠に基づいた最適な治療指針(標準治療)が記されています。
さまざまな検査を経て決まっていく、肺がんの治療方針
健康診断や肺の病気が疑われる際に行われる「胸部X線検査」で肺がんが疑われた場合は、精密検査を行います。
精密検査では、疑わしい病変がある場所や体への負担などの状況に応じて「胸部CT検査」「気管支鏡検査」「胸腔鏡検査」「穿刺(せんし)生検」などからひとつまたは組み合わせて行い、疑わしい組織や細胞を採取します。
採取した組織や細胞は顕微鏡による病理検査*に回され、がんかどうか、どのがんのタイプ(組織型)か判定します。
肺がんと診断された場合は、さらに胸腹部の(造影)CT検査や脳のMRI検査、PET検査、骨シンチグラフィなどを実施し、がんの広がりや転移の有無などを確認します。それらの情報をふまえて、がんのステージ(病期)が判定されます。
肺がんの治療方針は、基本的に組織型とステージごとに大枠が決定されています。
* 細胞や組織を顕微鏡で観察することで、がんかどうか、がんの種類についての診断を確定するための検査。専門の病理医が行う。
治療方針が決定するまでの流れ
組織型の診断
肺がんには、さまざまな組織型(がんの種類)があり、それぞれ異なった性質を持ちます。特に、「小細胞がん」とそれ以外の組織型で大きく性質が異なるため、治療の進め方も「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」のふたつで大きく分けられます。
ステージの診断
がんのステージは、がんの大きさや広がり(T)、周辺リンパ節への転移(N)、他の臓器への転移(M)の3つの項目に基づき判定されます。この3つの項目のことをTNM分類といい、治療の方針を左右する重要な検討材料になります。
Tカテゴリー:がんの大きさや広がり
主にがんの大きさや広がりの程度をもとに、原発巣(げんぱつそう:がんが最初に発生した部位)の状態をT0~T4の段階で表します。
Tカテゴリーの判定には、他臓器への広がり(浸潤)具合や、無気肺(むきはい)・閉塞性(へいそくせい)肺炎の有無、副腫瘍結節(ふくしゅようけっせつ)の有無なども影響します。
Nカテゴリー:周辺のリンパ節への転移
肺がんは進行するにつれて、胸腔内や鎖骨上あたりのリンパ節など、肺の周辺にあるリンパ節へと転移します。リンパ節転移が起こると、がん細胞がリンパ液の流れに乗って、さらに離れたリンパ節へと広がるリスクがあります。
Nカテゴリーでは、がんが最初に広がりやすいリンパ節のまとまり(所属リンパ節)への転移の有無を判断します。N0の「リンパ節転移なし」から、リンパ節転移の程度によりN1〜N3に分類されます。
Mカテゴリー:他の臓器への転移
がん細胞がリンパ液や血液の流れに乗って、他の臓器や、肺から離れたリンパ節へと広がることを遠隔転移といいます。
この遠隔転移の有無を判断するのがMカテゴリーで、M0の「遠隔転移なし」とM1の「遠隔転移あり」に分類され、M1はさらにa〜cに細分化されます。
なお、肺がんが大腸に遠隔転移した場合は、大腸がんではなく肺がんの肺転移と表されます。
TNM分類とステージ(病期)との関係
TNM分類の結果をレベル分けして表したものをステージ(病期)といいます。肺がんの場合、ステージは1から4まであり、進行するにつれて数字が大きくなります。TNM分類は複雑なため、一般的に患者さんにはこのステージを用いた説明が行われます。
ちなみに、TNM分類によるステージ判定の詳細は、以下の表のようになります。これは、非小細胞肺がん、小細胞肺がんで共通しています。
さらに小細胞肺がんの場合は、TNM分類に加え、「限局型」または「進展型」という分類でも進行度が表されます。がんが片方の肺や胸部にとどまっている「限局型」に対し、その範囲を広く超えてがんが進行しているものを「進展型」といいます。
全身状態の評価
肺がんの治療方針は、患者さんの体の状態も考慮しつつ決定します。
過去にどのような病気に罹患しているか(既往歴)、現在どのような病気にかかっているか(併存疾患)、常用薬の内容などは問診で確認します。特に心臓や肺の持病は手術が対象となるかどうかや術後管理(合併症の予防など)に影響するとても大切な情報です。
常用している薬については、検査や治療の前後で休薬が必要な場合もあり、患者さんと主治医の間で正確に共有しておく必要があります。
臓器の機能は血液検査、肺機能検査、心電図検査、心臓超音波(心エコー)検査などで詳しく調べます。肺機能や心機能は手術に耐えられるかどうかの判定において重要な指標です。
主に薬物療法の対象となるかどうかの判定において重要になるのは、患者さんの“日常活動の制限の程度”を示すECOG PS(イーコグ パフォーマンス ステータス)です。表のように、0〜4の5段階で評価します。
たとえば、体力が著しく低下し日常生活がままならない場合(スコア3や4に該当)などには、患者さんにとってより負担の少ない治療を選択するケースもあります。
治療法選択の流れ
非小細胞肺がん・小細胞肺がんのどちらかによって、選択する治療法や流れが異なります。それぞれの場合を見ていきましょう。
非小細胞肺がんの場合
非小細胞肺がんでは、がんのステージや手術可能かどうかによって、治療法や治療の流れが異なります。
治療法選択の大まかな流れ
ステージ1もしくはステージ2と診断された場合
いずれも標準治療として手術が提案されます。手術に耐えられないと判断された際や患者さんの希望によっては、放射線治療が実施されることもあります。治療の目的はがんの完治です。
ステージ2では、手術前または手術後に患者さんの体の状態に応じて薬物療法を追加します。ステージ1であっても、場合によっては手術後の薬物療法を追加するケースがあります。
ステージ3と診断された場合
標準治療として、手術、もしくは放射線治療と薬物療法を組み合わせる方法(化学放射線療法)が提案されます。手術前後や化学放射線療法後に薬物療法を行う場合があります。
ステージ1・2同様、がんの完治を目的とした治療です。
ステージ4と診断された場合
標準治療として、薬物療法と緩和ケアが提案されます。薬物療法の対象とならない場合は緩和ケアに専念する場合もあります。
患者さんができるだけ長く元気に過ごし、がんに伴う症状をやわらげることが治療の目的です。
小細胞肺がんの場合
小細胞肺がんは進行が速く転移しやすいのが特徴で、ステージと限局型・進展型による進行度分類によって治療法や流れが異なります。
治療法選択の大まかな流れ
限局型の小細胞肺がんと診断された場合
標準治療として、手術とその後の薬物療法、もしくは放射線治療と薬物療法を組み合わせる方法(化学放射線療法)が提案されます。
放射線治療と薬物療法を組み合わせる方法では、ふたつを同時に行う場合と、薬物療法を終えた後に放射線治療を行う場合があります。
いずれも、がんの完治を目的とします。
進展型の小細胞肺がんと診断された場合
標準治療として、薬物療法と緩和ケアが提案されます。薬物療法の対象とならない場合は緩和ケアに専念する場合もあります。
患者さんができるだけ長く元気で過ごし、がんに伴う症状をやわらげることが治療の目的です。
納得した治療方針を得るために
主治医は、これらの基準や患者さんそれぞれの希望をふまえた上で、最適な治療を総合的に判断しています。
肺がんの治療は長期にわたることも多いものです。主治医との信頼関係を築くためにも、治療方針の決定プロセスと決定に必要とされる要素の全体像や、自身の治療方針が立てられた理由を知り、納得した状態で治療に臨むことがとても大切です。
提案された治療方針に関して、疑問や不安がある場合は、遠慮をすることなく主治医に確認しておきましょう。