薬物療法をすると聞いた時、どのようなことを考えましたか。「副作用がきつそう」「しんどそう」「ずっと入院していそう」などネガティブなイメージをもったり、「そもそも何かわからない」と初めてのことで想像がつかなかったりする方もいるかもしれません。「薬物療法を選ばない選択肢もあるのでは」と疑問を抱くこともあるかもしれませんね。では、なぜ薬物療法を行うのでしょうか。薬物療法の目的やどんなことを行うものなのか見ていきましょう。
なぜ薬物療法を行うのか
薬物療法とは、お薬を用いてがんを治したり、がんの進行を遅らせてがんに伴う症状をやわらげることを目的としています。薬物療法は『治癒』と『延命および症状緩和』の2つの目的に分けられます。
治癒のため
治癒を目的とすると、ゴールはがんを体からなくすことです。体の中からすべてのがんを取り除くためには、薬物療法だけでなく手術や放射線治療などと併せて行うことがあります。
延命・症状緩和のため
がんが見つかった時すでに進行していた、手術後に再発したなど治癒が難しい状況で薬物療法を行うことがあります。
この場合、薬物療法はがんの増殖を遅らせ元気な状態を維持する『延命』と、がんによる痛みや吐き気、運動の障害などの自覚症状を改善し生活の質を向上する『症状緩和』を目的としています。また、自覚症状の改善だけでなく自覚していなかった精神面の改善が得られ、満足度が向上するケースもあります。
薬物療法の治療パターン
薬物療法の目的やがんの種類によって治療パターンがいくつかあり、その中から患者さんに合った治療方法が選択されます。
薬物療法のみ
がん治療は年々進歩しており、さまざまな種類のお薬が登場しています。治療時点での標準的な治療方針に基づいてさまざまな種類の中からお薬が選ばれます。薬物療法のみでの治療は、がんが進み手術ができない場合や放射線が病巣へ届かず効果が期待できない場合、からだへの負担を考慮して手術や放射線治療を避ける方がよいと考えられる場合などが挙げられます。
手術と薬物療法を組み合わせる
手術と薬物療法を組み合わせる治療パターンには2種類あり、手術前に行う『術前薬物療法(術前化学療法)』と手術後に行う『術後薬物療法(術後化学療法)』があります。
術前薬物療法の目的は、がんを薬物療法で小さくすることにより手術で切除する範囲を減らす目的があります。一方で、術後薬物療法の目的はがんが再発や転移する可能性を減らすことにあります(術後補助療法と呼ばれることもあります)。
術後薬物療法を行うかどうかの判断は、手術時のがんの進行具合やがんの種類、性質によっても異なります。
放射線治療に薬物療法を組み合わせる
放射線治療と薬物療法を組み合わせる治療パターンを『化学放射線療法』と呼びます。薬物療法は、お薬の成分が血液中を流れて全身に回る『全身作用』であるのに対して、放射線治療はがん病巣のみに作用する『局所作用』です。放射線治療でピンポイントに攻撃し、画像検査では見えないがん細胞を薬物療法で攻撃することで、治療効果の向上と遠隔転移の予防が期待されます。
お薬の体内への入れ方
薬物療法と聞くとどのようなお薬を想像するでしょうか。以前は点滴で行う治療法が主流でしたが、内服薬など注射以外にも体内へ取り入れる方法があります。
口から飲む方法
内服と呼ばれる、お薬を口から服用する方法があります。服用したお薬は腸から体内に吸収され、血液を介して全身に行きわたります。胃や腸を経由するため、お薬の種類によっては食事や同時に摂取するお薬の影響を受けることがあり、効果が強くなったり弱くなったりすることがあります。
また、毎日服用するものや『2週間服用し1週間休む』などの服用スケジュールが設けられているものもあります。
注射・点滴する方法
静脈に注射を行いお薬を1回で注入する『静脈注射』や、数分から数時間をかけてお薬を体内に注入する『点滴注射』があります。どちらも血液を介して全身にお薬が行きわたります。多くは腕の血管に針を刺し投与しますが、治療方法や血管の状態によっては『中心静脈』と呼ばれる体の太い血管からお薬を投与することがあります。その際に『ポート』と呼ばれる装置を埋め込む手術を行う場合があります。
その他に、筋肉注射や皮下注射なども存在し、がんの種類によってはこれらの注入の仕方が選択されることがあります。
なぜこれだけの治療やお薬の種類があるのか
選択肢が多いと悩みが増えるのは当然です。では、なぜこれだけの治療方法やお薬の種類があるのでしょうか。
がんは体中のあらゆる臓器に発生し、かつ人によって同じ臓器でも発生する部位は異なります。発生したがんが手術を行うことができる進行度なのか、手術を行うことができる場所なのか、放射線治療の適応であるのか、などさまざまなケースが存在します。
これはお薬も同様で、がんの種類ごとに効果のあるお薬は異なっており、同じがん種でも進行度によって使用できるお薬が異なることがあります。また、ある遺伝子を持っているがん細胞にのみ効果を発揮するお薬もあり治療法は多種多様です。
今後も、より効果的な治療が行えるように新たなお薬が登場してくることでしょう。
薬物療法は副作用が心配?
治療方針を決める際に『副作用』は不安材料の一つではないでしょうか。薬物療法は副作用のイメージが強く心配な方も多いと思います。確かに抗がん剤はかぜ薬や花粉症薬など身近なお薬に比べて副作用は起こりやすいですが、以前に比べて軽減されてきています。
副作用の少ない治療薬の開発
がん薬物療法には大きく分けて『化学療法』『ホルモン療法』『分子標的療法』『がん免疫療法』などの治療法があります。以前のがん治療は化学療法が主流で、副作用の強いイメージにつながっていました。しかし、医療の進歩とともに副作用を軽減したお薬の開発や『分子標的薬』『免疫チェックポイント阻害薬』といった新たなお薬の登場により、従来の副作用が軽減されてきました。
一方で、『分子標的薬』『免疫チェックポイント阻害薬』といった新たなお薬でも、従来のものとは異なる副作用が起こる可能性はあります。
支持療法の充実
支持療法とは、がんそのものおよび薬物療法で現れる副作用に対しての症状をやわらげるために、痛み止めや吐き気止めなどを使い症状を緩和する治療です。年々、支持療法のお薬は充実しており、体への負担は軽減されています。
どんな可能性があるか主治医や薬剤師に確認を
どのお薬を使用する場合でも、どんな副作用がどの程度起こりやすいかは患者さんによって異なります。治療法を検討する際に主治医や薬剤師によく確認してください。
治療方法やお薬によって治療の進め方は異なる
治療方法やお薬、副作用以外に気になることとして、治療の流れが挙げられるのではないでしょうか。治療が始まると日常生活の一つになります。薬物療法がどのようなスケジュールで行われるか見てみましょう。
入院治療または外来治療
まず、薬物療法は入院して行う治療と外来で行う治療(通院)があります。
入院して治療を行うメリットは、副作用が現れた際にすぐに医療の対応ができるところです。薬物療法で起こる可能性のある副作用の中から、どの副作用が実際に起こるかは個人差があります。そのため、副作用の確認を目的として入院で初回治療を行うことが多いです。
これに対して、外来治療はある程度抗がん剤の投与回数を重ねられた方や副作用に対応できている方、副作用が軽微な方などが選択されることが多いです。入院のストレスや時間の制約がなく、通院で数分から数時間の治療を受けて帰宅できます。
以前の薬物療法は入院で行うことが一般的でしたが、内服薬や副作用の少ないお薬の登場により、日常生活を送りながら治療を行える外来治療が増えてきています。
治療スケジュールと効果の確認時期
抗がん剤によって投与する間隔や投与方法は決まっています。投与期間と休薬期間の1つのまとまりを『コース(サイクル、クール)』と呼び、1コース1~4週間の治療スケジュールを繰り返すことが多いです。休薬期間とはお薬を休む期間であり、からだを回復させるために必要です。いくつか例を見ていきましょう。
①点滴注射のみ
・注射薬Aのパターン:1日目に点滴をして2~14日目まで休薬(1コース2週間)
・注射薬Bのパターン:1、8、15日目に点滴をし、28日目まで休薬(1コース4週間)
②内服薬のみ
・内服薬Cのパターン:1~28日目まで服用して29日目~42日目まで休薬(1コース6週間)
③点滴注射+内服薬
・注射薬Dのパターン:1日目に点滴をして2~21日目まで休薬
・内服薬Eのパターン:1~14日目まで服用して21日目まで休薬(1コース3週間)
このように治療方法によってスケジュールが異なります。
また、効果の確認はCTなどの画像検査を用いてがんの大きさを見比べて確認します。効果の確認時期は医療機関や症状の具合により異なりますが、2~3カ月が1つの目安となります。
安心できるサポート体制
ここまでの内容で薬物療法の目的やパターン、薬物療法後の日常生活のイメージがついたでしょうか。しかし、悩みや不安は薬物療法を始めてからも浮かんでくると思います。最後に治療中に相談できるサポート体制をお伝えします。
副作用や外見の変化は医療スタッフに
副作用や外見の変化の悩みは医療スタッフに相談しましょう。がん治療においては外見の変化による精神面での苦痛をケアする『アピアランスケア』が充実しています。
医療スタッフはさまざまな事例を経験し豊富な知識を蓄えています。気軽に相談して対処法やケアの仕方を教えてもらいましょう。
支援制度や治療費はがん相談支援センターや社会保険労務士に
治療を始めるときに、支援制度や治療費についてわからないのは当然です。「これからどのくらいお金がかかるのだろう」「何から行動すればいいの?」などお金の悩みや疑問は、病院内に設置されているがん相談支援センターや社会保険労務士に相談することをおすすめします。漠然とした質問でかまわないので、頭の中に浮かんだことをそのまま伝えてみましょう。
もし薬物療法に迷いが生じたら
これまでに経験のないことを自分で決めなければならないのはとても労力を要するかと思います。「何が正解なんだろう」「これで大丈夫なのかな」など考えるほど選択肢が増え、悩みや迷いが生じるかもしれません。これは、治療を開始する前だけでなく、開始した後にもいえるでしょう。
そのような時はまわりの方に思いを吐き出してみましょう。特に主治医、看護師、薬剤師などの医療スタッフは、あなたが経験したことのない、これからの生活に起こりうることについての知識を多く持ち合わせています。気になることや整理できていない気持ちを話して、納得がいくまで相談してみてください。