仕事をしている方が、がんと診断された時、不安に思うことの一つに『仕事と治療の両立』が挙げられます。実際にがん治療が始まると、従来と同じ環境で仕事を続けることが、一時的あるいはやや長期で難しくなる場面に直面し、「仕事を続けられるのだろうか」と不安を覚える方もいます。仕事と治療の両立をどのように進めていくかという観点で、職場への伝え方や制度の活用方法などを見ていきましょう。
退職は考えず、休暇や休職制度の活用を
がんと診断された直後、その衝撃から、慌てて退職を考えてしまうことが少なくありません。しかし、自身が現在の職場で仕事を続けたい場合、自ら退職を申し出る必要はありません。がんが原因で退職となるケースは少なく、また、そうなったとしても『直ちに』退職を求められることはほぼないでしょう。
まずは、落ち着いて自身の治療がどのように進むのかを確認し、必要に応じて、職場の休暇や休職制度を活用しながら治療を進めることを考えましょう。
治療と仕事で必要な対応を、メモに残して整理を
がんの疑いから確定診断を受け、治療方針が決定するまでには、おおむね2週間から1カ月ほどの時間を要します。この期間は、職場での役割や、治療のための引継ぎなどの、調整に使用できる時間です。
最初にすべきことは、自身の病状、想定される治療選択肢と各選択肢に要する期間、復職時期、復職後に想定しうる体調変化などを、メモに書き出すなどして整理することです。そのうえで、治療期間中の休暇や休職を前提に、業務を誰に引き継ぐかを整理してみましょう。
自営業やフリーランス、非正規雇用の方の場合
フリーランスで仕事をしている方や自営業・個人事業主の方は、自身で通院や入院中の休みを調整します。秘書業務や配送業務、営業活動などの代行を請け負う会社もあるので、休みが長引く場合は、活用を検討してみてもよいでしょう。
非正規雇用の方は、契約形態により相談先や活用できる制度が異なります。パートやアルバイト、契約社員の方は、勤め先が雇用主に当たりますので、部署・店舗の上司や、人事・総務部門が相談先です。派遣社員の方の場合、派遣会社の就業規則が適用されるため、派遣会社と派遣先企業の双方と相談しましょう。
まずは上司や人事・総務部門に相談
先述の整理した内容を、直属の上司や、職場の制度活用で助けてくれる人事・総務部門へ最初に伝えましょう。人事・総務部門には、確定的なことがわかるまで、直属の上司から伝えてもらうのもよいでしょう。
がん確定直後や治療方針が決まっていない場合、『今わかっていること』と、『いつ頃に何がわかりそうか』『診断確定や治療方針の決定までに必要な休暇日数』などの見通しだけでも、職場側に伝えましょう。早めに伝えることで、職場側も準備期間に余裕が生まれ、結果的に、自身が希望する対応への近道になるかもしれません。
そのうえで、新たな情報は、改めて上司や人事・総務部門に伝えます。また、その際に自身が考えた業務の引継ぎ案を上司に示したり、不安に思っている点などを相談したりして、意見の擦り合わせを行うのもよいでしょう。
職場側が準備や手配を行う上で重要なポイントは『どのくらいの休暇・休職期間が必要となるか』『復職後に配慮が必要なこと』に集約されます。治療方針が確定した段階で、可能な限り詳細に伝えた方がよいでしょう。
『誰に』『どの程度』伝えるかは、自身の意思が尊重される
病気に関する事柄は、最もプライバシーに配慮すべき情報です。治療に伴う円滑な休暇取得などの必要性から、業務を引継ぐ方などに対して『誰に』『どの程度』伝えるかは、自身の意思が何よりも優先されます。意思を率直に伝えましょう。
休職制度や高額療養費制度など、お金にまつわる事前相談も
本格的に治療に入る前に、人事・総務部門とは、休暇取得の制度などを確認する必要があります。早期のがんで治療が短期ですむ場合は、有給休暇を取得することで事足りる場合もありますが、治療内容によっては、有給休暇日数の範囲を超える場合も想定されます。病気などを理由とした休職制度が設けられた会社もありますので、制度の有無を確認しましょう。
また、休職中の給与支払いがない場合に使える『傷病手当金』や、医療費が高額になる際に、年収に応じた医療費の月額上限を定めた『高額療養費制度』を活用する場合は、ともに職場が加入する健康保険組合に申請しましょう。申請する際は、人事・総務部門に手続き方法などを確認しましょう。大企業の健康保険組合の場合は、高額療養費制度の上限よりも、さらに月額医療費が安くすむ、『付加給付制度』という独自の医療費補助制度を設けている場合もあります。
非正規雇用の方は加入する健康保険の確認を
高額療養費制度や傷病手当金は、非正規雇用の方も、正社員の方と同じく活用できる可能性がありますが、社会保険で加入している健康保険が『国民健康保険』などの『地域保険』か、『一般被用者保険』や『組合管掌健康保険(健保組合)』『国民健康保険組合』などの『職域保険』かによって、活用できる制度や連絡先が異なります。詳細は雇用契約書や就業規則に記載しています。不明な点は、就労先や派遣元の会社に確認してみましょう。
高額療養費制度はどの健康保険でも活用できますが、傷病手当金は健康保険によって異なります。国民健康保険の傷病手当金は、自治体が独自で行う給付の『任意給付』であるため、給付されないこともあります。詳しくは、加入地域の国民健康保険担当部署に確認してみましょう。
社員50人以上の職場では産業医も相談先に
社員50人以上の職場では『産業医』が選任されています。産業医は、職場で働く人たちの健康を支援する医師で、社員個人の健康相談にも対応しています。
大企業の場合は社内の診療所などに常駐していますが、中小企業の場合は嘱託がほとんどで、接する機会は少ないものの、社員50人以上の事業所でしたら必ず選任されています。人事・総務部門を通して産業医との面談の機会を設け、自分の状況を相談することで、産業医から職場に対して、業務環境への配慮などを意見してもらえます。
職場外の相談先も有効活用
仕事と治療の悩みを社外の方に相談する場合、がん診療連携拠点病院に設置されている『がん相談支援センター』を利用しましょう。がん相談支援センターは、がんの治療と仕事に関する悩みも数多く寄せられており、経験も豊富と考えられます。
さらに『日本対がん協会』は、無料の電話相談『がん相談ホットライン』を提供しており、併せて、就労の問題に特化した相談機会である『社労士による電話相談』(要事前予約)も定期的に実施しています。スケジュールを確認してみてはいかがでしょうか。
暗に退職を勧められてもすぐに結論は出さずに
それでも、がんであることを伝えたことで退職を勧められるような職場も、残念ながらゼロではありません。
その際は、すぐに結論を出さず、がん相談支援センターや患者会などに相談してみましょう。また、職場のトラブルに関する相談や解決のための情報提供を行っている『総合労働相談コーナー』にも、相談可能です。